昔のあかり生活体験会 イベント実施報告委員 海老名 健一

1.はじめに
 当委員会主催のイベント「昔のあかり生活体験会」を開催した。
 このイベントは火を使っていた時代の生活や、その中で使われた灯火器であかりを得る事で、昔のあかりの中でどの様に生活をしていたのかを体験し、理解を深める事を目的としている。
2.イベント内容について
「昔のあかり生活体験会」※パイロット開催
 実施時期:2025年3月25日(火)13:30~26日(水)10:00
 会 場 :かしわぎ旧邸(埼玉県飯能市大字上名栗989)
 参加者 :合計9名(宿泊コース4名、日帰りコース5名)※参加者はスタッフも含め当委員のみ
 主 催 :「日本古燈器大観」と日本のあかり文化研究調査委員会
3.会場について
  •  会場は埼玉県飯能市の上名栗という地域で、入間川の上流域の山間に立地している事から林業が盛んで自然豊かである。
     会場のかしわぎ旧邸は明治初期に建てられた古民家宿泊施設で、囲炉裏やかまどが現存する山村文化の歴史を伝える文化財的施設である。通常は囲炉裏やかまど、灯火器の使用は禁止の施設であるが、管理人様やオーナー様との交渉により、当イベント限定で特別に利用の許可を頂く事ができた。
  • 図 1 会場のかしわぎ旧邸外観
4.イベント企画にあたって
  •  折角に山村文化が残る古民家を利用させて頂く事ができるので、使用する灯火器は一部山村でも使われていた灯火器を選別した。(5. 使用灯火器についてを参照)
     又、飯能市教育委員会が発行している名栗の民俗(上)を参考に上名栗の食文化を調査し、夕食は来客時のご馳走用の献立とした。
     尚、火気の使用は十分な注意が必要な為、火元の管理はスタッフが行い、管理が難しい部分については灯明や蝋燭の明るさやゆらぎを再現した特注のLED光源を利用する事で安全性を考慮した。
  • 図2 参考文献「名栗の民俗(上)」
5.使用灯火器について

 使用灯火器は下図の通り。スタッフの管理ができない廊下や便所は安全上の為、LED光源や既設の電灯を利用した。 尚、掛灯台、たんころ、灯台、ひで鉢は使用しなかった。

図3 使用灯火器プラン図

6.行程について

各行程は以下の通り行なった。(体験会の様子はYouTube動画で公開している)

行      程
1日目 13:30 集合、挨拶、説明
14:00 火起こし体験(火打箱)
14:30 菜種油搾り体験
16:30 行灯の点灯、かまどと囲炉裏で夕食作り
17:00 夕食(ご飯と鶏鍋)
18:00 あかり体験会(灯台・燭台・有明行灯・たんころ・八間・龕灯)
19:00 日帰りコース終了、籠提灯と龕灯でお見送り
20:00 夜鍋作業(紙燭作り)
21:00 囲炉裏で団欒
22:00 就寝
2日目 7:00 起床、火起こし、湯沸かし
8:00 朝食(お茶漬け)、後片付け
9:00 お掃除
10:00 宿泊コース終了
7.行程の解説
各行程は以下の通り行った。(記録動画リンクあり)
※各行程にある動画リンクをクリックするとYouTube動画が再生されます。
※動画は該当の行程(チャプター)を終えても再生し続けます。
※動画のチャプターについては、YouTube動画下部の概要欄にあるチャプターリストの時間をご覧ください。
集合、挨拶、説明[13:30~]
  •  進行役(海老名)の開会の挨拶の後、大谷委員長と会場の管理人様の挨拶を頂き、当日の配布資料を元にイベントの趣旨や注意事項を説明した。
     早めに会場入りした参加者の方々は、集合時間までの間、会場周辺や会場内の見学を行った。又、囲炉裏やかまどで使用する薪割りや、焚き付けで使用する杉の枯葉の柴刈りも行った。

    動画   動画(アップ)

火起こし体験(火打箱)[13:45~]
  •  火打箱を使った火起こしの説明をした後、参加者全員で火起こし体験を行った。今回は時間短縮の為、火打箱を5組用意して5名毎に一斉に体験をした。火打箱はそれぞれ違った種類の火打石と火打鎌である事で、火打ち時の火花の出方の違いで話題が膨らんだ。

    動画   動画(アップ)

囲炉裏に火入れ[14:10~]
  •  菜種油搾り体験で火が必要な為、囲炉裏に薪をくべて火打箱による火起こしの実践を行った。

    動画   動画(アップ)

菜種油搾り体験(締め木)[14:30~]
  •  囲炉裏でできた熾炭をかまどに移して、かまどを火入れして菜種の種子を煎り→圧ぺん→蒸しを経て圧搾を行ったが圧力不足で菜種油は搾れなかった。
     締め木の改良が必要とわかった。

    動画   動画(アップ)

休憩(お茶で一服)[15:10~]
  •  囲炉裏の火で鉄瓶のお湯が沸いた為、お茶で一服をした。
     上名栗の地域は昔は養蚕が盛んで、庭に桑畑があったが、養蚕の時代が終わると桑畑を茶畑に変えて緑茶の生産に切り替えた歴史があり、今回はその歴史を感じながら上名栗銘産の緑茶で一服をした。

    動画   動画(アップ)

炊飯準備(米研ぎ、浸し)[15:25~]
  •  かまどを使って羽釡炊飯をするにあたって、お米に加水する時間を考慮して、事前にお米を研いで、浸しの作業を行った。

    動画   動画(アップ)

菜種油搾り体験(簡易油搾り器)[15:30~]
  •  締め木での菜種油搾りで失敗した時の為に準備していた簡易油搾り器で菜種油搾りを参加者全員で実践した。

    動画   動画(アップ)

行灯の点灯[16:30~]
  •  菜種油搾りで得た油を灯明皿に注ぎ、囲炉裏の火を付け木に移して行灯を点灯した。
     灯芯、掻立て(灯芯押え)、行灯皿などの説明や搔立てのやり方も実演した。

    動画

かまどで炊飯[16:45~]
  •  炊飯をする為、かまどに羽釡を据えて囲炉裏の熾炭をかまどに移して火入れを行った。
     かまどの火加減に気を使ってはいたが、かまどの焚き口の開閉扉が開かなくなるトラブルがあり、ご飯を多少焦がしてしまった。

    動画   動画(アップ)

炊き上がり[17:15~]
  •  ご飯が炊き上がり、おひつに移した。
     かまどの火の成果物として、炊き上がりのご飯を見ると火のありがたさを実感する。

    動画   動画(アップ)

囲炉裏で鍋調理[17:20~]
  •  囲炉裏の火で鍋調理を行った。
     上名栗では昔は来客時は家畜の鶏を絞めて鶏料理を振舞っていた為、地域で取れる野菜と贅沢品の醤油を使った鶏鍋を作った。(冷凍食品を使用)
     日が暮れはじめ、鍋の中が暗く闇鍋状態になってきた為、途中から囲炉裏脇に据えた松灯蓋にヒデ松を灯して鍋の中を照明した。

    動画

夕食の配膳[17:30~]
  •  囲炉裏とかまどでの夕食ができた為、行灯のあかりの下で配膳を行った。

    動画   動画(アップ)

献 立[17:40~]
  • ご飯、鶏鍋、たくあん、梅干し、お茶
     たくあんと梅干しは昔ながらの製法で作られたものを提供した。
     照度計を用意しておき、気がつけば照度の測定を行った。箱膳の上は行灯下でも2ルクスだった。

    動画

囲炉裏を囲って夕食[17:40~]
  •  参加者全員で囲炉裏を囲って夕食を取った。 ご飯は多少固めであったが、鶏鍋の残りで雑炊にする事で美味しく頂く事ができた。
     食後は少しの間団欒を楽しんだ。

    動画

    動画(アップ):全体置行灯部分

あかり体験会[18:20~]
日帰りコース終了、お見送り[19:15~]
  •  日帰りコースが終了し、近くのバス停までの道のりを籠提灯と提行灯のあかりでお見送りをした。

    動画

夜鍋作業(紙燭作り)[20:00~]
  •  宿泊コースは囲炉裏を囲んで紙燭作りを行った。
     懐紙を短冊状に切り、観世縒りで紙縒りを作り、蝋カスが入った小鍋を囲炉裏の五徳に載せて溶かし、紙縒りに浸み込ませて作った。 行灯のあかりだけで行う予定であったが、一度電灯のあかりを点けた事で、再び行灯のあかりに戻す事が億劫となった。

    動画(アップ)

起床、火起こし、湯沸かし[翌7:00~]
  •  起床して一番に埋み火による火起こしを行った。
     前日の夜に囲炉裏をしまう際、大きめの熾炭を灰で埋めておく事で、翌朝まで熾炭の火を保つ事ができた。

朝 食[翌8:00~]
  •  湯が沸いた所で、囲炉裏を囲って朝食を取った。
     献立は夕食の残飯で鶏鍋の雑炊の残りと冷飯をたくあんと梅干しでお茶漬けにして食べた。

    動画(アップ)

お掃除[翌9:00~]
  •  最後に会場のお掃除を行った。
     囲炉裏は煙と一緒に沢山の灰が舞い、鴨居や棚上に灰がたまる為、囲炉裏を使う場合はハタキを使って灰を落とし、最後に床の拭き掃除が必要である。ここまでを行程にする事で、昔のあかり生活を実感する事ができると思う。

    動画(アップ)

8.安全対策について
  •  灯火器をイベントで使うにあたって、起こり得る危険性を想定した実験結果(2017年実施)を元に安全対策を行った。(図4)
     灯明皿を使う灯台や行灯などは、可燃物を火の間近に近づけなければ安全で、倒しても火は直ぐに立ち消える為、火事の危険性は低く、又、火の管理もしやすい為、特に行灯はイベントで使いやすい灯火器であり、長時間点灯させる囲炉裏の間に使用した。
  • 図4 危険性の実験の様子
  •  灯台は倒れると油が溢れて油汚れになる為、油は入れずに展示のみとした。今回は時間の都合により点灯の機会がなかった。
     蝋燭を使う燭台や提灯などは、蝋燭は倒れても燃え続ける為、近くに可燃物があった場合、それに燃え移る可能性もあり危険性は高い。燭台に関しては万一倒れても障子や襖などに届かない様に、適当な離隔距離をとる事が望ましく、難しい場合は障子や襖を外すなどの対策も考える必要があるが、今回は時間の都合もあり、座敷での使用はやめて土間での点灯とした。
  • 図5 特注のLED光源(某社)

 持ち歩く提灯などは、落とすと直ぐに火袋に燃え移る為、屋内での使用は難しく、土間や屋外での利用とし、更にはたんころやLED光源などの代替光源を使用する事が望ましいが、今回は特注のLED光源(図5)を利用した。
 尚、火の管理が難しい廊下やお手洗いなどに関しては、LED光源にする事が望ましい為、移動用のあかりは提行灯にLED光源を入れて対応し、お手洗いは既設の電灯を使った。
 LED光源は、某メーカーに雪洞燭台用に30匁和ろうそく、提灯用に5匁和ろうそく、行灯や灯籠用に灯明(3本灯芯)の明るさや揺らぎを再現させた特注のLED光源を作って頂いた物を灯火器に仕込んで他イベントでも活用しているが、今回は火の管理が難しい提行灯と籠提灯に利用した。
 囲炉裏やかまどについては、その仕様により使い方が異なる為、経験が必要である。
 囲炉裏やかまどは主に屋内にある物で、アウトドアキャンプ感覚で使ってしまうと、火が大きくなり過ぎて、囲炉裏の框や自在鉤を焦がしてしまう為、未経験の方は特に取扱いには注意が必要である。これが原因で、薪の利用を禁止したり、囲炉裏の使用を禁止する古民家は多く、当イベントの開催に支障をきたす理由にもなり得る。
 薪は十分に乾燥した物を利用し(燃焼時の爆ぜや煙を抑える事ができる)、必要最小限の火力に留め薪を多く焼べ過ぎない様、火の管理をした。
 かまどは囲炉裏に比べて安全であるが、火が見えない場合もある為、不意にかまどを触って火傷をしない様に注意が必要であるが、火起こし体験用に準備した軍手を活用した。

9.スタッフについて

 当イベントは以下の3名のチームで行った。海老名委員がイベントの企画立案、太田委員が会場との交渉、花柳幹事が予算の取りまとめを行い、イベント当日は海老名委員が進行を行い、太田委員と花柳幹事が助手を行った。イベント当日は参加者に手伝って頂く事も多かった。
 ・講師:海老名委員(イベント企画、計画、調整、灯火器などの準備、行程進行役、ビデオ撮影など )
 ・スタッフ:太田 委員(会場の手配、交渉、保険の手配、行程進行の助手、アンケート制作、集計など )
 ・スタッフ:花柳 幹事(予算の計画、調整、行程進行の助手、ビデオ撮影など )

10.おわりに

 昔のあかり生活体験会を終え、現代の電化された生活では気がつけない火の性格と向き合う事ができた気がする。現代では電気の力を使って行う作業を全て火の力に置き換える事で、色々と不便な思いをしたが、それを楽しみ勉強するイベントである事は言うまでもない。
 時には無意識に電気ポットや電子レンジを使ってしまう場面もあり、電気の依存性の強さを改めて実感する事ができたのは良い収穫と思う。
 行程については、火起こしを始め囲炉裏やかまどを見学ではなく実際に参加者が体験をする事でより一層理解が深まったと思う。
 イベント趣旨にある燃料の獲得→火起こし→灯火器への着火の流れは、あかりの貴重さを実感できる鉄板の行程と改めて感じた。
 イベントはお陰様で無事に終了する事ができたが、幾つかトラブルもあり、油で床を汚してしまったり、怪我をされた方がいた事を考えると、管理の仕方を今一度見直す必要があると感じた。次回は、養生や防護も徹底していきたいと思う。
 又、今回は分科会運営委員会からのご要望で特別にビデオ撮影を行なった事により、貴重な映像記録を残す事ができた。但し、スタッフが撮影役も努めた事もあり、進行や管理に多少の支障をきたしてしまった為、次回はビデオ撮影専門のスタッフも必要と感じた。
 今回は当委員内でのパイロット開催であったが、参加者各自に詳細なアンケートを取った事により反省点や改善点が色々と挙がり、一般開催に向けての企画の改良点を抽出する事ができた。
 尚、アンケートの詳細については、次年度(2025年度)の委員会にて報告をする予定である。
 最後に、当イベント開催にあたって多大なご協力を頂いた太田委員と花柳委員に感謝を申し上げたい。又、会場を特別な条件でお貸し頂いた、かしわぎ旧邸の管理人様とオーナー様に厚く御礼を申し上げる。 

11.あとがき

 今回、当委員会主催で昔のあかり生活体験会を企画したのは、照明関係者に灯火器のあかりの素晴らしさを知って頂く為である。
 現在、照明関係のお仕事につかれている方々のほとんどは電灯のあかりで育ってきた方々で、当然ながら灯火器のあかりに馴染みはないが、実は江戸時代から幕末まで約260年もの長い時間をかけて育ってきた日本の灯火器の中には、現代や未来に生かせるアイデアが沢山眠っていると思う。照明関係者の方々には是非、昔のあかりを体験し、新たなアイデアを発掘する事で、今後の照明に活用して頂きたい。

以上

PAGE TOP